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5つの音にこめられた思い(下)

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マーラーの交響曲第9番の第1楽章の冒頭で、ホルンによって鳴らされる5つの音。

これは、ニ長調の音階の属音Aから主音に向かってひとたび上がって行き、寄り道をするように半音だけ下がってから、今度は一気に5度下がり、そして最後にはまたやや大きく上行する・・・
まるで人生そのものと言いたくもなるところではあるけれど、最後の1音はまた上がったところで終わっているのだ。


上がってから、一気に落ちて、それで「おしまい」なのではなくて、また上を目指して行く。
マーラーの生涯とはそのようなものであったのだろうか。
ウィーンを追放されたようにして新天地に音楽活動の拠り所を求めながらも、ヨーロッパへの思いを断ち切れずにいたマーラー。
作曲家がこの曲を自身の集大成のつもりで書いたのであれば、そこにどんな思いがこめられていたのだろう。

ひとりの人間には必ず死はやってくるものだが、音楽の歴史にはきっと終わりはないはず。


この音型の後半部分は、静かに始まる第1主題が4小節でひとつの区切りを見せたところでさっそく、
Cis・G・H、Cis・G・Hと変形されてくり返されるけれども、全楽章の中でも完全な形でくり返されることは実は少ない。
よくよく注意して聴いていなければ、聴き逃してしまうほどにそっと置かれていたりもする。

むしろ、同じように5つの音で構成された第1番「巨人」の終楽章での第2主題を引用した音型のほうが、まるで青春時代の情熱を取り戻そうとでもするかのように、楽章の節目で執拗にくり返されたりする。
ただそこでは、「巨人」の頃のような甘さや優しさはまったく見受けられずに…。



冒頭のA・D・Cis・Fis・Hの音型が、私にとって最も印象的に聞こえるのは、コーダにおいて小クラリネットによって奏されるとき。

マーラーは天上の世界を思い描いたような音楽をよく作ってきたとは思えるけれども、この箇所はまさにその瞬間だと思う。
でもそれは、決してあきらめの瞬間ではなくて、逆に清々しくもあり、まるで自分の弟子たちへ未来を託そうとでもするかのように愛情や優しさが見えてはこないだろうか。

もしそうであるのなら、この音楽を重い足取りを引きずるような苦悶に満ちたような響きの連続で演奏するばかりではなく、荒々しさの中にも慈愛が感じられるようなもっと軽やかで、
未来への希望を思わせるような新しい音楽の誕生を期待させる楽しみにも満ちた演奏を、私はもっと聴いてみたい。

そしてこれからも、今とはまた違った見方で新たな発見ができることを願って、マーラーのその他の作品はもちろん、様々な音楽と向き合っていきたいと思う。





 作曲家 交響曲 ヴァイオリン(バイオリン) チェロ 室内楽


日付:2012年02月25日

35件のコメント

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このブログ(日記)へのコメント

Shigeru Kan-no

フルトヴェングラーが面白いのは演奏のたびにみんな違ったことを予告なしに即興的にするので飽きないんですね。だからどの演奏も録音が極端に酷くとも出てくるのです。しかしオケはすべて不完全です。とにかくちゃんと合いません。

アバドを評価するとしたらマーラーではなくてイタリアオペラなどでしょう。ウイーンで「シモン・ボッカネグラ」や「仮面舞踏会」を完全暗譜パヴァロッティなどとやっていたのは永遠に忘れない演奏です。「ホヴァンシチー」のGPやプレミエも歴史的名演奏でしたね。彼の交響曲はやはり落ちます。特にBP以降は聴けたもんじゃありません。WPとのマーラーの3番だけが名演でしたね。

2012年03月17日 19時04分24秒

Shigeru Kan-no

ブーレーズの場合はすべてを現代音楽からの見地だけで指揮しているいわゆるスコアにかかれたことの再現専門の指揮者。余り死を深刻に感じた解釈ではないですね。

なぜそんなに「死」のテーマが重要か?マーラーの交響曲は8番を除いてすべて「死」がテーマに入っているからです。葬送行進風な曲が全く入っていない交響曲って8番以外には全く無いですね。歌曲もしかりです。

2012年03月17日 19時19分50秒

>Shigeru Kan-noさん

話題が指揮者のお話になってしまいましたね(笑)
でも、結構です。
この場所のように言いたいことを存分にお話できる場所は他にないでしょうから。

録音が酷いものを聴くのはちょっと辛いんですけど…フルトヴェングラーの凄さはよく分かりました。確かに彼の9番を聴くのは恐そうです。
オケのメンバーにしてみれば、大変なストレスもあったでしょうが、予備知識として胸にしまっておきます。

クライバーは、息子のほうですか?
ブラームスの4番だけなら聴いてます。
どちらも現在もファンが多いのでしょうね。時代性も感じられます。

マーラーの交響曲においての「死」のテーマについては少し疑問に感じます。
1番や3番、7番もですか?
余談ですが、分析の上で深く理解するのに相応しいのは(一般人があくまでも趣味という範囲で)
6番や7番にこそ楽しみがありそうだという感覚があります。

6番は作曲者自ら「運命によって倒される」と予言めいたことを言っていたそうなので、頷けますが、
5番の葬送行進曲は、青春時代への別れとも言えそうですし、4番にいたってはベートーヴェンの「田園」のような位置づけとも言えませんか?
そして7番は、もっとも解釈が難しいと言われている曲ですよね。

私から見れば、カンノさんが「死」のテーマにこだわり過ぎているようにも見えます。

2012年03月17日 21時19分07秒

Shigeru Kan-no

解釈に偏ったかな?アナリーゼそのものは和声楽と対位法・楽式やっていれば自然に誰でもできます。でも和声だけに2年、対位法に2年、楽式習得するのに毎週みっちりやって2年ぐらいかかるかな?方法論は違っても誰でも同じ結果になります。

マーラーの音楽って失恋から死までのテーマが凄く多いですよ。嘆き、若き日の歌、角笛、亡き子、リュッケルト、みんなそうです。でも8番のファウストの終幕ってやはり死ではないですか?

クライバーはもちろんカロルスの方。レパートリーが少ないから凄く希少価値があるんですね。

2012年03月17日 23時57分17秒

>Shigeru Kan-noさん

そうですね…。
「ファウスト」のことはよく分かりませんが、8番はもっと宗教的な色合いの強い作品だとは思えます…。

彼の作品に常に「死」が感じられるのは、彼の生涯を知れば容易に想像のつくことではありますね。
具体的にお話するのはここでは伏せますが、調べればすぐに分かることですし。

歌曲についてはマーラーに限らず、ほとんど聴いていません。
なので、「大地の歌」についても終曲までちゃんと聴いた記憶が
ないです^^;

歌がまったく聴けないわけでもないし、歌心のある曲は大好きなのですが、
歌曲を聴くには、まずはシューベルトから、というような妙なこだわりがありまして、
それもいつ始めるのか定かではないです。
シューベルトがやったこと、やり始めたこと、これについてはとても興味があるので後々の楽しみとして取ってあります。


クライバーは、一曲でも聴けばその素晴らしさは瞭然ですね。
今度機会があれば、自分の音楽の好みや聴き方にも関わっていそうなのでお話できればな、と思います。

2012年03月18日 09時46分20秒

Shigeru Kan-no

今日のTVでマーラーの伝記ドキュメンタリーやっていましたね。ネットのヤフーなどで売っているそれです。ここでは日曜日などで繰り返して放送します。こういう番組ってたくさんあるんですよ。僕も数本は見ました。

8番の最初の「来たれ創造主なる霊」というラテン語典礼文は、精霊降誕祭の儀式の一部です。キリストが死んで復活して40日後に天に上ってそれから2週間ぐらいあとに天から聖霊が降ってきて弟子たちを勇気付けたという話の礼拝の文句ですね。だからここでは大体6月のはじめごろを指します。今年は受難節が早いので5月の下旬ですが。マーラーはその文章とゲーテのファウストからの終幕の「永遠に母性的なるもの」をくっつけたのですね。

2012年03月18日 19時36分05秒

Shigeru Kan-no

歌曲はテキストがドイツ語ですから日本人はどうしても手薄になりますね。僕は問題がないですから普通に勉強しています。

実は知り合いの梶木さんの本のアナリーゼを手伝ったのいは僕です。凄く売れ行きが良いので今は第二巻を手伝っています。そこにマーラーの歌曲集も入っていて僕はすべてのスコアを買い集めて間違った分析を直したわけです。と更にそれとの歌詞の関係かな?歴史の部分は全部彼女に任せました。彼女の著作ですからね。

言うまでも無くマーラーの交響曲の素材はその前に作曲された歌の素材から来ています。1番(若人の歌)、2番(角笛)、3番(若き日の歌)と余った素材を4番に提供、4番(角笛)と5番のファンファーレの予告。大地の歌は交響曲と歌曲集の相の子の音楽です。歌曲集としてはまず前編に歌が入り管弦楽が伴奏、交響曲としては第一楽章は速いソナタ形式で、2楽章がゆっくり、それ以降はスケルツォ的。

2012年03月18日 19時46分29秒

Shigeru Kan-no

言うまでも無く歌曲の頂点はシューベルトです。マーラーもそれを踏襲しています。歌曲でなくとも2番の2楽章はシューベルトが作曲したような音楽です。マーラーの歌曲集は数曲しかないので全体としてはすぐ研究しやすいのです。

クライバーはマーラーをほとんど残していませんね。唯一無名時代にウィーン交響楽団を振った「大地の歌」がありますが、昔ウィーンの指揮の井上君の家で聴いたけれどもみんなが言うように凡演です。

話を前に戻すと「貴たれ創造主なる霊よ」は教会の仕事で何度の体験していますのでその意味は良く知っています。「ファウスト」は日本時代に全二巻読みましたね。宗教的なカトリック的ですが恐ろしく長い戯曲です。このファウストを最近ノーカットでザルツブルク音楽祭で演劇でやったそうです。そしたらとてつもなく長い上演時間。10時間たす10時間で20時間かかるそうです。

2012年03月18日 19時55分40秒

>Shigeru Kan-noさん

本当にたくさんのことをお話いただいて、ありがとうございました!
マーラーの9番の分析と解釈に端を発した今回のお話は、ここまでとさせて頂きましょう。

残念なことに、私に理解できる部分が少なくなって参りましたし、
既に私が知っていることは、出し尽くしてしまった感があります。

正直なところ、お話が上手くかみ合わずストレスを感じたり疲れることもありましたが、お陰様でとても有意義な時間を過ごせました。

カンノさんのお話されている内容は、一つの曲への理解という範疇を超えて、クラシック音楽を学び聴く者にとっては何らかの参考になると思います。
西洋音楽の背景にあるものを垣間見ることもできるでしょう。
とくに、「現場の生の声」と思える箇所は、一般人にとっては貴重かもしれません。

…ということで、カンノさんへのインタビューは終わります(笑)
また機会がありましたら、よろしくどうぞ。

2012年03月18日 21時07分36秒

Shigeru Kan-no

特に締め切りを設けなくともよいですよ。何か思いつき次第どんどん書けますからね。

ところで、5つの音にこめられた思い(下)はありますがこれの(上)ってあるんですか?同じとこだと飽きちゃうのでほかのところにも書いてみたいと思います。例えば第三や第七交響曲などをテーマとして。

わからないところはどんどん質問してください。できるだけわかり易いように説明してみましょう。

ただ分析となるとまず曲全体を2手用のピアノ譜に全部直して全部弾いてみてという作業から始まりますので膨大な量になります。音符の一つ一つが全部説明付きますから。一楽章説明するだけで半年で足りるかな?

2012年03月19日 06時06分37秒

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