はかせさんのブログ（日記）〜クラシック音楽の総合コミュニティサイト Muse〜

　五味康祐氏は時代小説作家だが、オーディオマニアとしても有名だった。父がオーディオマニアだったので、彼の音楽関係のエッセイである「西方の音」が父の書棚にあり、子供の時から読んでいた。

　いろいろ面白いのだが、五味康祐氏の娘がピアノを習っていて、そのピアノ教室のおさらい会を聴きに行った話が印象に残っている。子供の生徒が順番に演奏しているのを聴いていて、その子供の家にあるピアノが、グランドピアノであるかそうでないかを、五味氏には聴き分けられる、と主張しているのだ。五味氏は娘のためにベーゼンドルファーのグランドピアノを買い与えていたので、家でグランドピアノを弾いている子供を見慣れていて、そうでない子はわかるというのだ。

　これに触発され、私にも区別が付くだろうかと、誰かがピアノを弾いていると、そういう耳で聞くように意識してみた。私にも完全ではないが、かなりの割合で見分けが付くことが分かった。

　おそらく、グランドピアノはタッチに対して敏感に反応するため、日頃からこれに慣れていると、タッチを使い分けようとする癖が付くが、アップライトピアノだとオンかオフか、というところがあるので、そういう気にならないということだろう。また、アップライトピアノの方がアバウトに弾いても音階の音量が揃いやすいが、グランドピアノはコントロールしないと粒が揃わない、とかもあるだろう。ダイナミックレンジも違うので、ピアノに対する音量の要求にも差が出るかもしれない。連打の際、完全に鍵盤を上げずに弾き直す癖が付いているとか。

　そうは言っても分からないときは分からない。アシュケナージのショパンのレコードを父のオーディオで聴いていて、アップライトで練習しているんじゃないか？と思ったこともあるが、まさかそんなことはないだろう。

　子供にとって、グランドピアノはまず、譜面台が高いのが困りものだ。また、鍵盤が重いものが多く、レッスンでグランドピアノを弾かされると嫌なものだった。家で弾くより視線の移動距離が大きく、指も疲れるから家で弾けたものが先生の前では弾けない。中学生になって学校のグランドピアノを自由に弾いて良くなってからは、こちらが好きになり、家のアップライトはほとんど弾かなくなり、学校で練習するようになった。

　そういういきさつで、グランドピアノはアップライトピアノより楽器として優れており、アップライトピアノを買うとしたら、置く場所がない、わずかに値段が安い、という理由だけだと思うようになった。結婚当初住んだアパートは非常に狭く、やむを得ずアップライトピアノを買った。

　イギリスで暮らした間、チェロもピアノもレンタルだった。町の楽器屋に行って一番安いチェロとピアノを借りた。このチェロは弾くたびに涙が出るくらいひどかった。これまで、これほどひどいチェロの形をしたものに出会ったことはない。我が生涯で最低のチェロとして記憶に残るだろう。ピアノも当然、アップライトで、聞いたこともないメーカだった。機械的にもいろいろ不具合の多いおんぼろだったのだが、不思議なことに、音色に一種の気品があり、弾いていて思いが伝わる面があった。このピアノは今でもポジティブに思い出される。なんというメーカだったかを忘れてしまったのが残念だ。

　チェロ　ピアノ