はかせさんのブログ(日記)〜クラシック音楽の総合コミュニティサイト Muse〜

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曲の構造

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 バレンホイムのマスタークラスをまたテレビでやっていた。今回の曲はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番Op.106ハンマークラヴィールの第4楽章だった。どうやら一日でたくさんの生徒をレッスンしたらしく、観客の顔がランランの時と同じだ。生徒はヨーロッパを中心に世界で活躍しているという美男子のイタリア人ピアニストだが、私は知らなかった。

 例によって最初は通して弾く。ランランとは違って暗譜で弾く。楽譜を持ってきてさえいない。習う立場なら暗譜していても楽譜は持ってくるべきだと思うのだが。果たして、あとでバレンボイムが楽譜に書かれている指示を確かめたいと言った時、観客に向かって「誰か楽譜持っていない?」と聞く羽目になった。観客の一人が差し出した楽譜が、権威のない廉価版だったのでバレンボイムに「変わった版を使っているね、これじゃ本当のところはわからない」なんて言われていた。ランランはちゃんとヘンレを持ってきていた。レッスンそのものは、先生も生徒も暗譜は完璧だから、楽譜無しでもちょっと弾けばどこの話かはすぐにわかる状況で、問題は生じなかった。

 聴いていて、音色が綺麗、ということはすぐに感じたが、どうにもとりとめない。とっても退屈。要するに全然、構造を考えず、その時々の歌い回しだけで弾いているのだ。ここから別の段落に入るとか、ここの混沌はどこで解決されるかとか、今、この部分はどこに向かって進んでいるのか、とかを示してくれない。ある種のロマン派だったらこれでも良いのかもしれないが、ベートーヴェン、しかも後期を弾くのに、これはないだろうと思った。
 そういう生徒だからレッスンはほとんど成立しなかった。噛み合わないマスタークラスの典型。あまりに頻繁に止められるから、途中から生徒はおびえていた。誤解の無いように書いておくけれど、この生徒は他のジャンルなら良いのかもしれない。ただ、ベートーヴェンを弾くのに適していないのだ。

 あまりにバレンボイムが音楽の構造について注意したせいか、最後に観客からの質問を受け付けた時、ピアノ教師らしい中年女性が、もっとspontaneousに弾いてはいけないのか?と発言した。字幕では「自発的」と訳していたが、翻訳しにくい言葉だ。たぶん、内的な発露に従って、くらいの意味で使われていたのだと思う。作曲家の意図にがんじがらめになるのではなく、演奏家が弾きたいように弾いちゃだめなの?というニュアンスだった。
 バレンボイムの答えは構造的に弾くこととspontaneousに弾くこととは、相反することではない。構造をよく理解した上でspontaneous に弾くことが出来るということだった。全面的に賛成。

 カミさんが先週、息子の学内演奏会(音楽大学の3年生の実技試験が演奏会形式で行われ、公開されている)を聴きに行った。そこでベートーヴェンの3番のチェロソナタを弾いた学生がいたらしいのだが、これが構造に対する理解のない演奏だったという。ベートーヴェンには、ちょっと弾くと「これは間違いだろう?」と思うようなスフォルツァンドが頻繁に出てくるのだが、この学生たちの演奏では、そういうスフォルツァンドをすべて無かったことにして弾いたらしい。やっぱりベートーヴェンでそれはまずいと思う。なぜ、ベートーヴェンがそこにスフォルツァンドと書き込んだのか?という疑問を解く(構造に対する理解抜きには解けない)前に公開で演奏するのは恥ずかしいだろう?
 そういうことをこの音楽大学では教えていないのだろう。でも、若くても、考えるピアニストは言われなくてもまず構造を考える。息子と共演してくれたピアニストは、作曲科を卒業して直ちに指揮科に再入学して2年生という男の子だったが、録画を見た限り(大学のホールの設備を使って係の学生が録画し、すぐにDVDにして渡してくれた)、ヒンデミットのヴィオラソナタという、どちらかというととりとめの無い曲を、きっちりと構造が分かるように弾いていた。

 ベートーヴェンは年齢とともに、用いる旋律的要素を減らしてきていて、数少ないモチーフを練達の腕前で使い回し、さまざまに活用して大きな構造を作る方向に進んでいったと思う。ベートーヴェン演奏で最も重要なのは、その、構造を理解することだと思うのだが。

 チェロ ピアノ


日付:2007年10月22日

3件のコメント

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このブログ(日記)へのコメント

Shigeru Kan-no

この曲で凄かったのが昔のポリーニね。日本人で弾けるのはほんの少ししかいないでしょう。これが弾けたらピアニストとして一人前ですね。日本の音大で教えた実例は知らないですね。

2007年10月22日 17時34分56秒

はかせ

ポリーニの弾くベートーヴェンの後期ソナタは私も大好きです。

2007年10月23日 09時25分57秒

Shigeru Kan-no

最近は相当落ちたようですが当時は凄かったですね。ピアニストの資格試験って「ハンマークラヴィーア」にするといいですね。じゃないとどうしようもないピアニストが多すぎます。

バレンボイムはほとんど先生に習わなかったようです。本当に上手いピアニストって先生は要らないのですよ。

2007年10月23日 17時23分13秒

3件のコメント

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