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最初にヴァイオリンを作ったとき、師匠達に「隆起は自分が美しいと思う形に削ればよい」と言われた。そう言われても、ヴァイオリンの膨らみかたなど、当時は意識したこともないし、美しいヴァイオリンと美しくないヴァイオリンを見分けたこともない。どう見たらよいのかなど、全然わからない。
考えてみれば、物事の美醜を判断する機会などめったにない日常生活を送っていたのだ。自動車は好きだったが、美しいからある車を好きになる、と意識したことなど無かった。どんなエンジンを積んでいるとか、車重が何キロで馬力がいくつとか、ブレーキがディスクブレーキだとか、後輪駆動だとか、そういう仕様書を読んで興奮するのが普通だった。
風景などでも、写真や絵という形で、誰かが美しいところを切り取ってきて見せてくれれば、美しさがわかったが、自分の目で、そこの美しさを発見する力など無かった。要するに美しさを見分ける目を鍛えていないことに気付いたのだ。
師匠にそういうことを言われてからは「どれが美しいのか」とか、「美しいものを発見しよう」とか、ということを意識するようになってきた。そういう目で見れば自転車のロードレーサーでは、最新鋭のカーボン製のフレームがいくら軽量、高剛性であろうが、チネリ、コルナゴ、デ・ローザといったスティールチューブを使った、イタリアの古典的なフレームの美しさには到底敵わないことがわかったし、自動車もジャガーXJ6シリーズ3という古いサルーンが「世界でもっとも美しいサルーン」と言われる理由も納得した。
いま、愛用しているアルファロメオ156と、ロータス・エリーゼはどちらも非常に美しいと思うが、現在新たに発売されてくる車に、私が美しいと思うものはない。美しいものは少ないのだ。たぶん、作る方も買う方も、美しいかどうかなど意識していないのだろう。
そういう目で見ると、顕微鏡で観察する人体組織などでも美しい細胞、美しい染色というのはあるし、骨の美しさにも感動する。論文に掲載する写真の構図にも、なるべく美しく、という意識が芽生える。
そういう日々を送ったせいか、弦楽器を見たとき、その隆起を美しいか美しくないかで区別できるようになってきた。弦楽器もヴァイオリン3台、ヴィオラ2台、チェロ1台を作ってきたわけだが、徐々に自分で作った隆起を美しいと思えるようになってきた。今回作ったヴァイオリンでは、特に表板が会心の作だと思い、眺めている。
チェロ ヴァイオリン(バイオリン)