はかせさんのブログ（日記）〜クラシック音楽の総合コミュニティサイト Muse〜

　暗譜が得意な人と苦手な人がいる。苦手な人はなるべく暗譜しなくてよい状況で弾こうとする。ピアノ弾きだったら独奏ではなく合奏を選ぶとか。

　チェロを暗譜で弾く状況はあまりない。コンチェルトは暗譜で弾くのが普通だが、オーケストラをバックに弾く機会などないし、もし、ピアノと弾くのなら楽譜を置いても構わないような気がする。以前、おさらい会でサン・サーンスのコンチェルトを弾いたときは暗譜で弾いたが、暗譜で弾かなきゃ、と思ったわけでなく、練習していたら暗譜していたのでそうしたまでだ。
　バッハの無伴奏チェロ組曲は小学校高学年から中学生のころ、繰り返してレコードを聴いたので曲は全部覚えている。それでも、ポジションを忘れることがあるので場合によっては楽譜を置くこともある。今練習しているコダーイの無伴奏チェロソナタの１楽章は、どうやっても譜めくりができないし、４ページもあるから暗譜するより他にない。もう、覚えた。

　周囲を見ていると、暗譜を苦にしない人は、他のこともよく覚える。鉄道の線路だの駅だのを覚えていたり、道を走っている車の名前を全部覚えていたり、ウルトラマンの全兄弟を区別できたりする。ものごとに対処するとき、覚えてしまう、ということに抵抗がないようだ。将棋を将棋盤なしで指せる人などもこのタイプだ。逆に、固有名詞や年号を覚えるのが嫌い、という人は暗譜も苦手という傾向があるように思う。学科では生物より物理が好きで、オームの法則（E=IR)のような少数の定理だけ覚えて、あとはその応用だけでいつも満点を取ってくるタイプ。頭の良し悪しではなく、人生戦略の違いに感じられる。

　私はどうやら前者のようで、学生時代、全身の骨、筋肉、神経、血管の名前を覚えるのに、苦労した覚えはない。本を見て解剖しているうちに自然に覚えてしまった。脳の研究を始めたときも、脳の顕微鏡標本を見ているうちに自然に、神経細胞の形をグラフィックに覚えてしまった。ああ、君は三叉神経中脳路核の細胞だね、という感じだ。

　暗譜にはいくつかの種類があると思う。私がバッハの無伴奏チェロ組曲を覚えているのは、ひもを端からたぐっていくような感じのもの。弾いていると、先の旋律が次々に頭に浮かぶ。最初から最後まで通して頭の中で鳴らすことができるが、途中で止めるとそこから再開できない。どこか切りのよいところ、下手をすればまた最初からやり直さなければならない。子供の時に覚えた曲は、こういう覚え方になっているようだ。骨の名前の記憶はこのタイプだ。理屈抜きに出てくる。

　コダーイの場合はソナタ形式の構造と、楽譜のページ割りの中にいくつかのブロックを貼り付けて覚えている感じがする。楽譜を置いていなくても、３ページ目のこの辺から、という感じで、あるいは、展開部のあの辺、という感じで覚えている。どこからでも始められるわけではないが、かなり自由に記憶の中の楽譜にアクセスできる。大人になってから覚えた曲はこういう覚え方だ。多少理屈を加味して覚える。

　岩城 宏之氏の「楽譜の風景」という本に、スコアのフォトコピーという話が出てくる。いつも使っているスコアのページが頭の中に隅々まで（楽譜に付いた汚れまで）再現でき、頭の中でページをめくっていくのだ。私にはこれはできない。

　チェロ　ピアノ