Mariaさん
月別ブログ(日記)一覧
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このブログ(日記)へのコメント
広辞苑によりますと、池坊は室町時代からの歴史を持つ日本最古の生花の流派だそうで、草月流は、昭和になって、勅使河原蒼風により創立されたものだそうです。勅使河原蒼風は、第二次世界大戦後、日本の前衛いけばな作家として広く海外まで積極的に運動を展開し、サルバドール・ダリにも絶賛され、フランス政府からも勲章を授与されたのだそうです。
人類のあらゆる営みは、保守と革新の狭間にあると言ってもよいと思います。芸術について言えば保守、つまり伝統を受け継ぐことと、革新、つまり伝統を打破し新しい規範を受け入れることとの狭間で、多くの芸術家が生みの苦しみを抱えていると言っても良いと思うのです。
芸術家と自称する人々は革新的要素がなければ評価されることはありません。しかしながら、あまりにも革新的なものは、たとえそれが後世の人類に受け入れられることがあるとしても、生きている現在の人類に共感をもたらすものでなければ意味がないと私は考えています。芸術家の個性(保守)が、その時代に生きている人々の希望(革新)の代弁者となったときこそが、その芸術家が真に評価されるのではないでしょうか。
2010年06月21日 13時23分53秒
雪月花さま
ありがとうございます。
確かに草月流は華やかで、フラワーアレンジと近いものもありますし、洋のお花も積極的に使われますよね。
反対に池坊は、とても古くからあるとは聞いていましたが、最近になってようやく洋のお花を少し使うようになったという噂を聞きました。お茶室に飾るお花の生け方にも通じているかもしれませんね。
保守と革新。
確かに、保守ばかりではその時の時流に乗って行けない場合もありましょうし、革新ばかりでは、目新しいかもしれませんが、芸術として見てもらえない可能性が高いですね。
よく踊り(クラシックバレエ)の先生がおっしゃるのですが、クラシックバレエにおいては、昔からの基本である全てのボジション(パ)を正確にマスターすることが大切。これは毎日毎日訓練しなければ崩れてしまう。ただし、それだけでは、いけない。時には自分の体が持つ無限性を表すために、今までとは違う動きをしてみる事も大切。ただし、毎日作り上げたパがちゃんと出来なければ、それ以上の事は決して出来ない。
だから、新しい作品を作るということは、毎日極限まで自分と体と向き合い、現実と狂気とも思える狭間をたゆたうような気分なのだそうです。
それでも、結局は人間であることから、私たちは共感や感動を感じるのでしょうね。
2010年06月22日 17時33分46秒
踊りの世界でもそうなんですね。よい話をありがとうございました。
芸事は基本が大切ですよね、基本をマスターして次の一歩を考える人がきっと新しい世界を創造出来るのだと思います。
私はピアノが好きで、レッスンを受けはじめてちょうど3年経ちます。去年の発表会で、小さな子供たちも一緒なんですが、プロのピアノリサイタルも行われる大きなホールで、コンサート用のグランドピアノを弾くことができました。曲はショパンの幻想即興曲でしたが、しどろもどろで、ミスタッチをしながらも、なんとか最後までたどり着きました。基本が出来ていないのに、弾きたい?弾けたい?一心で、その曲ばかり丸2年間も練習しました。次の2年間はベートーベンの月光の曲に挑戦することにしまして、現在は第3楽章で四苦八苦しています。少しずつ弾けるようになるのが楽しくて、すっかりピアノにはまっている毎日です・・・
2010年06月24日 15時34分12秒
雪月花さま
ありがとうございます。
確かに、芸事は和でも洋でも昔からある基本を踏まえないと次のステップに進めないような気がします。
ピアノは、実は子供の頃に習ったのですが、非常に上達が悪く、中学校に上がる前にやめてしまいました。それから一人で稀に弾きますが、だいたい声楽の曲の音取りだったり、ちょっと弾きたい気分だったり、というだけなので、かなり酷いものです。
ベートーヴェンの月光、大好きです。イメージは漆黒の深夜に冴え冴えと光る月の光で、音が何処までも澄んだ空気に漂う、そんな感じです。解釈はおそらく人それぞれなのでしょうけれど・・・
弾きたい一心はとても重要だとおもいます。私も、声楽の曲は「歌いたい」曲が一番熱が入りますし、その曲でコンサートという舞台に立つと、大切な何かを頂くような気がします。
いつか、雪月花さまの月光を聴いてみたいです。
2010年06月24日 21時15分13秒
中学生のとき、学校の音楽室で初めて「月光の曲」を聴かされました。どうして憶えているかといいますと、そのころやっと普及し始めたステレオなるものが学校へ寄贈され、ステレオを聞くのも初めてだったからです。ステレオにも驚きましたが、「月光の曲」にも驚きました。名曲とはかくなるものかと納得させられました。
そのとき、音楽の先生が「月光」の曲名の由来についてのエピソードをお話しくださいました。詳細は忘れましたが、目の不自由な少女がベートーヴェンの作曲したピアノ曲を練習していたところへ、本物のベートーヴェンが現れて少女のためにその曲を弾いてあげたのだそうです。感激した少女が更に1曲聞かせてほしいと懇願した時に、窓から差し込む月の光を浴びながらベートーヴェンが即興演奏したのが「月光の曲」だと言うことでした。
この話の真偽の程は定かでないらしいのですが、先入観とは恐ろしいもので、私の「月光の曲」の風景は、月の光を浴びながらピアノを弾くベートーヴェンの大きな背中と、ピアノの横に茫然自失として立ちつくす少女の姿なのです。
以前スイスのルツエルン市へ行ったことがあります。ルツエルン市はルツエルン湖の西端にある商業都市で、私はルツエルン音楽祭の名前でこの町のことを知っていました。私の大好きなラフマニノフがナチスに追われてアメリカへ移住する前の10年間ほどを、湖畔の別荘で暮らしていたところです。
ここでのガイドの話なんですが、ベートーヴェンの作曲したこのピアノ曲は、ルツエルン湖に映る美しい月の光にたとえられ、ベートーヴェンの没後のある時から「月光の曲」と呼ばれるようになったとか・・・???
2010年07月01日 09時48分22秒
池坊の中にも、いろいろな流派があることを昨年知りました。
花はいいですね。
いつまでも、花を愛でる心は持ち続けたいと思っています。
2010年06月30日 22時37分43秒
雪月花さま
素敵なお話ですね。
ベートーヴェンは耳に悩みを抱えていましたから、目の不自由な少女がピアノを弾く姿に何か感動というか、共感の様な感情を持ったかもしれませんね。
耳にしても目にしても、何か不自由な部分を持つと、人間はほかの感覚が鋭くなるとも言われますから、超越した何か、を私たちは聴きとり、感動を覚えるのかもしれません。
大学生の頃、1カ月だけドイツに短期留学ををしました。語学学校への留学で、とても留学とは言えませんでしたが、日本語の通じないドイツという国で、語学の勉強をする合間に楽しみにしていたのは、借りてあったデッキでたまたま持ってきていたピアノのテープを聞く事でした。日本で聴くのとは違って、冴え冴えとした空気にベートーヴェンの月光の音が非常に合っていて聴く側の環境が違うと同じ音でも全く違う事に驚いた記憶があります。
ラフマニノフは、よくバレエの教室で使われる事があり、イメージが儚げな均衡、です。こちらも澄んだ空気によく合いそうですね。
2010年07月01日 13時58分26秒
シャルル さま
和のおけいこ事には色々な流派がありますね。
私も、最近聞きかじったくらいであまり詳しくはないのですが。
花には生命を感じますよね。
我が家では、今、プリンセス・マサコというバラが綺麗です。はかなげな色合いのバラですが、散り際も美しいバラです。
2010年07月01日 14時04分42秒
2010年07月02日 13時39分12秒
雪月花さま
プリンセスアイコはまだ見た事がありませんが、やはりマサコと似ていてピンク色なのですね。
白いバラも初夏の涼しげな雰囲気を際立たせてくれそうです。
我が家は家主が「赤」好きなので、どうしても赤い剣弁咲きばかりが多いのですが、オレンジや黄色とバラは色々な色があって楽しいですね。
これからはつぼみがついても切ってあげないと秋にも咲く場合は秋まで力が持たないそうですね。バラも生きているのだな、と思いました。
2010年07月05日 16時38分20秒
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草月展に行きました。
椿姫をはじめ、花は歌のなかに沢山登場しますよね。
もともとフラワーアレンジメントを少しかじった事もあり、お花好きでもあります。
草月流は、池坊と比べると比較的新しい流派らしいのですが、そのためか、フラワーアレンジメントに近いとも言われています。現に、フラワーアレンジメントでも似たようなカリキュラムを最近は取り入れているそうです。
逆にヨーロッパでも日本への憧れがある方にとっては、華道というとまず草月流の雰囲気をイメージされる事が多いらしいです。
今回の草月展でも、洋風の花、バラや百合を使ったり、スワロフスキーを使用した花器を使ったり、和にあっても洋を取り入れた作品が沢山ありました。また、大胆な空間使いを得意とする作品も多くありました。
人にとって
歌、文字、話、お茶、食べ物、香り、絵画、踊り、等
全てが芸術として昇華されている事が面白いです。
民族や歴史により形は変わりますが、それだけ人と密接であるという事なのだろうな、と思います。
これからも日本人である事に恥じないように、でも世界中を見て行けるように生きていきたいです。
ソプラノ オペラ∩声楽曲