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調律にこだわる人には、色々な方向性が有って、
似ているようで、目指す所は全く違う。
(1)純正調原理主義
「純正」という言葉の響きにもてあそばれているように感じる。正直、あんまり好きじゃない。
(2)ピアノを最大限魅力的にするための工夫としての古典調律の導入
いわゆるプロの調律師。
ピアノに対する愛情無くして調律師の仕事はできないであろうし、そのピアノに最大限魅力的であってほしいと願うのは当然の事だ。
お客さんあっての仕事なので、客が求める範囲の中
での仕事になる。
(3)作曲のイマジネーションを膨らませる道具としての古典音律
私が興味が有るのは(3)で、それぞれの時代の調律法が、それぞれの時代の作曲家にどういう影響をあたえたかということに主な興味が有る。なので、それが楽曲の解釈に役立つのならば、最終的に商品にならなくても意味は有ると思っている。例えばホンキートンクピアノだって、それが創作活動に役立って、良い作品が生まれ得るのであれば、ある種の立派な調律なのだ。そこがプロの調律師とはちょっとスタンスが違う所。
ピアノ チェンバロ