Shigeru Kan-noさん
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「イタリアのトルコ人」、「アルジェのイタリア女」・・・「パリのアメリカ人」・・・こういうタイトルは意外におおいものだナ、と思った。これはイケルッ、頂き。ウ〜ン!「火星のウルトラ星人」、「ジャワ島のイヌイット(きっと風邪を引きやすいだろう)」、「六ヶ所村のイラン人」とか、何(ナン)にでも使えそうだ。
ロッシーニはスゴい。上手い。良く知っている。何が?何を?だけれど、天災でしょう、間違いました、天才です。
何て言ったって、天才モーツアルトの作品の続編(?)をおもしろオカシく作っちゃって、大受けするんですから。
オペラは長たらしい(特にワーグナー)ので、ほとんど聴きません。「イタリアのトルコ人」、「アルジェのイタリア女」どちらも知りません。もしかして、間奏曲とか前奏曲が入っているCDがどこかにあったかもしれない。
ティンパニーと言えば、一番好きなのは、面紺(このように変換されましたが、本当はメンコン、メンデルスゾーン=Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy=のバイオリン〜ヴァイオリン?〜協奏曲=Violinkonzert e-moll op.64=のことアホ単調〜アッハッハ、ア!、ホ短調〜でした)の冒頭。あれが一番好きです。コンサートなら聞き逃すことはないですが、運転中に、うかうかとCDを聞き流していると、聞き落としそうになる。
楽譜通りに演奏するなんて、人間のすることではない。機械のすること。カナ?
今回の話題は、楽しませて頂き〜勉強させて頂き〜考え朝せられ〜ました。
追加:
昨日、ある本を読んで(土田貞夫さんという音楽美学の方の短い文章)、リズムのことを、チョットだけ、勉強ではなく〜考えさせられました。
そこに書いてあったのですが、プッチーニの「お蝶婦人」の中に出てくる日本の旋律は、音響学〜音楽学者の故田辺尚雄先生が、送ってやった日本の旋律を編曲したものだそうです。知りませんでした。お恥ずかしい。
2010年06月20日 12時16分58秒
2010年06月20日 15時38分02秒
「柿食えば鐘が鳴りなり宝竜寺」、イスラエル産の柿美味いなー!
2010年06月20日 22時55分37秒
2010年06月22日 17時47分42秒
そのとおりです。とても強かったです。最近はどこのオペラ劇場もお金がないのでイタリア人の歌手を雇えなくなって自前の歌手に無理に歌わせているようです。
地震は慣れないとここでは震度2でも大騒ぎですね。こんなことで大騒ぎするなんてこっけいに写ります画、とても心配なのでしょう。
2010年06月22日 18時03分27秒
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最近ロッシーニに関心した事はデュッセルドルフの図書館で同時代にワーグナーやそれを手本としたマイアベーアのスコアたちを見比べたときであった。そのベージ数の膨大な量はまさにプロと称するのに適切であった。演奏時間もさながら日本で1000ページを越す大スコアを書けるのは誰がいるであろうか?これをまさにオペラの大作曲家というのではなかのだろうか?
ロッシーニは言うまでも無く「セヴィリアの理髪師」が圧倒的にどこでもかかる。次が「チェネレントーラ」や「アルジェのイタリア女」が多い。最高傑作である「ウィリアム・テル」はまた上演に接したことが無い。たぶん4時間ものは費用のせいではあるまいかと「セミラミーデ」や「泥棒カササギ」と一緒にして考えている。
この「イタリアのトルコ人」前作「アルジェのイタリア女」と対になって考えられている。グルックの「オーリードのイフジェニー」とその続編の「トーリードのイフジェニー」やマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」とレオンカヴァロの「道化師」の様に二つで一組になるオペラである。
今回は上演の前に日本語であらすじを読んでいった。それだけで台本がモーツァルトのそのブッファよりはるかに面白く優れていたことがすぐわかる。しかしモーツァルトがそのクソ台本に途方も無い素晴らしい音楽をつけたのとは対照的にロッシーニはその素晴らしい台本に以外に無機的な栄養の無い音の連続が目立つ。かといってもドニゼッティやベルリーニのようなボンクラとも違った本当のプロではあるが。
今回の最初の序曲から良くも悪くも「楽譜どおり」に演奏されていた。「楽譜どおり」というのはこのティンパニが凄くいい加減に書いてあるおかげで、バスが属音では下属音で叩かせてしまうのである。事実マリナーなんかの録音はこの「間違った」音符を正規の音に直して、すなわち一対のティンパニではなく複数にして叩かせている。
それにしてもこの歌劇場の立ち上がりが悪いこと。音程もリズムも合わない。ウォーミングアップを全くしていないような気がする。それで乗じて歌手陣も音程が狂いまくっている。10分も経てばをましにはなるのだがそれでも最高の歌手陣をそろえたとは思えない水準、ならばこそヴィーダーアウフナーメは特にほかの歌劇場の様にもっと吹き込む・引き込み、歌いこみをしてから望むべきであろう。これは指揮者の全指示にかかっている。ピアノが上手すぎると反って微妙な音程の違いがわからないので指摘できないのであろう。それは一種の音痴の部類に入れられる。それとも今にぎやかなシューマン・フェストのやりすぎか?
舞台はここの元インテンダントでバレエからやってきたというトビアス・リヒターのイタリアホテルの美しい内部の様子。昔一回会って話したことがあるが、ミュンヘン風な人工的な健康的笑いと持ってゆくような趣向。今は文化首都エッセンのインテンダントだそうだ。
最後の仮面舞踏会は全員がセルムになり全員がフィオリルラになるらしい。二幕目はがらがらだったのでピアノフォルテ奏者の上に席を取ったが、レチタティーヴォの半分は少なくとも省略しているらしい。それでも解説書の50分ではなくて60分一杯かかったが、その美しい派手な装飾の名人芸のゲネラル・バスの妙技は余り他の歌劇場ではお目にかかれない。
オケは86442・2222・PK,BD,Cyb.であるが、その重い音はいつまで経ってもワーグナー向きで暗い。クレッシェンドの強力でこれではベル・カントは潰れてしまう。道理で歌手陣にはイタリア風のカントは一人もいなかったワーグナー崩れの連中のみであった。
作曲家 指揮者 ピアノ 現代音楽 交響曲