Shigeru Kan-noさん
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このオペラは世界中のごぼ学校オペラでも簡単にできるほど手軽に上演されるオペラである。オーケストラが小さいし歌手陣も含めて難解ではないので破綻を来たさないためである。しかしポンテの3大エロチック・モーツァルト・オペラの中では一番上演率は低い。その要因はカットなしで3時間かかるので長すぎるということ、「ドン・ジョヴァンニ」のような劇的変化が無いということ、「フィガロの結婚」のような各幕の構成上のコントラストが乏しいということであろう。以上のことは上演の前の解説でも言っていたがそれ以上新しいことは出てこない。今回は新演出から二番目の上演である。
当日の予定表を見たら11時終始とある。月間の予定表が10時半なのでカットなしを見越しての時間であろう。この3時間の演目を学校ぐるみに聴きに来ていて、気の毒に小学生に児童がたくさん入っていく。このオペラは筋が子供的におかしいが決して幼児向けの作品ではない。何も知らない日本人の会社員がやはり暇つぶしで来ている人がいるが、そのつまらなさは最高に顔に出ている。とにかくこのオペラのモーツァルトの音楽語法を一つ一つ知っていないと楽しめない作品である。
GMDのアクセル・コーバーの指揮の序曲は適切なテンポである。この序曲は自分もオケでやったことがあるから良く知っている。しかし歌手の出はやはりここのハウスの特長にあるように余り良くない。いつもの様に上演前に余り歌いこんでいないようだ。声が通らない、調子が外れる、言葉があいまいで定まらない。それでも要所のレチタティーヴォとアリアは無事通過。配役はみなワーグナーも歌えますよというドラマチックな構成!中でもフィオルディリージとデスピーナな強晶になるとバカ鳴りの絶叫である。アンサンブルも指揮者が細かく振らないで雰囲気だけで振るのですぐ壊れる。ここまでは学校オペラもやらない。最初の兵隊の行進は録音なので予算削減計画かと思ったら、出てゆくときはピットの中でバイロイトの「さまよえるオランダ人」のように歌っている。舞台のサイコロの椅子はリモコンで動く仕掛け。硬い撥は良くとも乱暴なパウケン。ピストン・トランペット。弦のヴィブラート。デスピーナ博士の磁石の治療は電気療法に変えての上演。演出のイスラム教徒のアルバニア人の男たちは嫌らしいターバンを巻いていない。ファゴットがほかの楽器に隠れてミスする。とにかく第一幕は一応カットなして93分17秒。
第二幕も一幕と同じ傾向の演奏だがカットが多くなってきた。自分も昔良くここのアリアを愛人向けにピアノ伴奏して本番をこなしてきたので良くわかる。今回はいつもフェルマータの次のアインザッツが合わない。バイロイトのエッシェンバッハや彼のマーラーのように間を長めに取るからである。これやると意味を深めに取れるがこのブッファ・オペラで劇的に深刻になってもどうしようもない。ここでは特別な気をてらわずナポリの青春の様にひたすら綺麗な上演が求められる。指揮者はオケを引っ張っていないのにオケは歌手を引っ張る。それでも後半は時間がかかり92分00秒。
これを最後に見たのはシュトットガルトかケルンかもう覚えていない。でも今回は意外とGMDといえども失望した。何で学校オペラでもっと良くやれるのに今更これやるのか意味が見えてこない。
作曲家 指揮者 ピアノ 現代音楽 交響曲