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ラグタイム・マーの世界

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ホロヴィッツとスタインウェイ・ピアノ

ホロヴィッツとスタインウェイ・ピアノについて語れば
幾つもの逸話が登場するであろうが、最近最も心に焼き付いている話が、
1887年製ニューヨーク・スタインウェイ『D-54958』である。

かつてカーネギー・ホールやメトロポリタン・ホール創立当時、
貸出用コンサート・ピアノとして大活躍していたこの楽器は
その後日本に渡り、一定時期永田町の『キャピトル東急ホテル』に
所蔵されておりました。

そして1986年、2度目の来日を果たしたホロヴィッツは
な、なんとこのホテルに滞在することに、
ホテルのレストランでこのピアノを弾く機会に恵まれるのです。

『若い頃はレストランで弾いていたこともあったんだよ』、
『ほら、僕はどんなピアノでも弾けるんだよ』と
最後の公演を終えて上機嫌だったホロヴィッツは
古びたスタインウェイに向かってラフマニノフのポルカを弾いてみせたのです。
それは毎度毎度、自分の愛用ピアノを運んでくるホロヴィッツに
その必要性が全くなかったとまで言わせてしまうような
素晴らしい音色だったそうです。

その後、暫く消息が途絶えていたピアノは再び日本人の手に渡り、
カーネギー・ホールに戻されることとなりました。
そして、その時に調律を手掛けたのはあのフランツ・モア、
巨匠ホロヴィッツを随時支えてきた歴史に残る名調律師だったのです。

ピアノという楽器は人間と同じで、全く同じ音というのは存在しない。
弾く人が変われば音色が変わる、場所が変われば響きが変わる。
そういった魂の通った生き物に非常に近い楽器なのです。

私も世界中の色々な調律師たちと接してきておりますが、
世界で5本の指に入るという調律師とかつて語ったことがあります。
その方曰く、『楽器にも気がある』のだと・・・
確かに・・・とうなずくしかなかった自分をふと思い出しました。

若い頃から私にとって、ホロヴィッツ・サウンドはロマン派最高峰の音、
彼の伝記から自宅の映像まで、レコードからCDまで、
ありとあらゆるものにこれまで触れてまいりましたが、
ホロヴィッツはいい意味で頑固、ポジティブな意で我がまま人間でした。
その全てが許される、それがホロヴィッツという人間だったのだと感じます。

裕美・ルミィヤンツェヴァ


作成日:11/24 11:09 最終更新日:11/24 11:09

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