ドヴォルザーク、アメリカへ
ドヴォルザークは初めこれに対して辞退の意志を伝えたが、
サーバー夫人の熱心な説得と高額の年俸提示に逡巡した末、
同年末に契約書に署名をした。
年俸15,000ドルという提示額は
彼がプラハ音楽院から得ていた金額の約25倍であるし、
彼はこの時13歳を頭に6人の子の扶養を行っていたのである。
サーバー女史からは渡米後の1892年10月12日に
第4回コロンブスによるアメリカ発見400年祭で演奏する
新作の依頼があった。
ジュゼフ・ドレイクの『アメリカの旗』
という第二次米英戦争を題材にした合唱曲が
当初の依頼の内容であったが、
テキストの到着が遅れ代わりに作曲されたのが
『テ・デウム』であった。
1892年ブレーメンから船に乗り、
9月27日にニューヨークに到着した。
ドヴォルザークは街の印象をこう書いている。
『殆どロンドンのような巨大な街だ。
(中略)私が流暢な英語を話したのでみんな驚いていた』
私自身、ロンドンは大好きです。
かれこれ、数ヵ月は暮らしたかなぁ。
私の研鑽生活は今日も続きます。
今日も一つお利口さんになりましたとさ。
めでたし、めでたし!!!
裕美・ルミィヤンツェヴァ
作成日:01/30 22:19 最終更新日:01/30 22:19
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