検索 トップ 掲示板 お気に入りに追加 このコミュニティに参加 ドヴォルザークの『アメリカ』 1893年6月5日、ドヴォルザークはアイオワ州のスピルヴィル という小さな町を訪れた。 この街は、ボヘミアからの入植者が住む町で、 ドヴォルザークのアシスタント兼秘書を務める ヨゼフ・ヤン・コヴァジークの父親が聖歌隊長を務めていた。 この街でのドヴォルザークの様子を 『同国人らの中にいるという実感が祖国を思い出させると共に、 故郷にいるような感覚にさえしたようだ』 とコヴァジークは回想している。 そして、スピルヴィル到着の3日目には新作の弦楽四重奏曲に着手し、 6月23日には速くもそれを完成させ、 コヴァジーク家とドヴォルザーク家混成の弦楽四重奏団により 試演された。 これが『アメリカ』四重奏曲である。 このような暖かい雰囲気に触れた為か、 ドヴォルザークはできあがったスコアを、 交響曲第9番や弦楽五重奏曲変ホ長調と共に、 不仲であったジムロック社に委ねる気になった。 ジムロック社はただちにこれを出版すべく ブラームスに校訂を依頼し快諾を得た旨を作曲家に伝えた。 ブラームスはこれに『作曲するときの楽しい様子を聞いて 私がどんなにうれしく思っているか伝えてほしい』 との伝言を添えて、 ドヴォルザークをいたく感動させたのだった。 私の研鑽生活は今日も続きます。 今日も一つお利口さんになりましたとさ。 めでたし、めでたし!!! 裕美・ルミィヤンツェヴァ 作成日:01/30 22:20 Muse運営について |